ノッポさんとゴン太くんの真相|鳴き声の出し方と中の人の現在を徹底検証
おしゃべり好きだった高見さんが、なぜ『できるかな』では一切喋らないスタイルを選んだのでしょうか。そこには、当時のNHK教育テレビ制作陣と高見さんが共有していた、極めて高い演出哲学がありました。
番組開始当初のパイロット版では、高見さんは普通に喋りながら工作をしていました。しかし、言葉で「ここを何センチ切って、こう貼ります」と説明してしまうと、幼児は言葉の理解に意識を奪われ、肝心の「手を動かす楽しさ」や「何が完成するのかというワクワク感」が薄れてしまうことに気づいたのです。あえて言葉を封印し、ナレーターのつかせのりこさんに状況説明を委ねることで、ノッポさん自身は「テレビの前の子どもたちと同じ目線で、無心に遊ぶお兄さん」に徹することができました。
1990年3月・伝説の最終回で放った第一声の理由
そして迎えた1990年3月9日の最終回(「変身」の回)。20年間の歴史に幕を下ろすラストシーンで、画面の奥から手前に歩み寄ったノッポさんは、突如としてカメラに向かって口を開きました。
「あーあ、しゃべっちゃった。みんな、長い間どうもありがとう!じゃあね、バイバイ!」
この衝撃的な「第一声」は、当時リアルタイムで視聴していた子どもたちだけでなく、親世代や教育関係者にも大きな驚きと感動を与えました。最終回で喋った理由について、高見さんは後年、「『ノッポさんは本当は声が出せない人なのではないか』と心配していた子どもたちに、最後は自分の言葉で感謝を伝え、同時に『できるかな』という魔法の時間を自分の手で終わらせたかった」という趣旨の思いを語っています。また、前年の1989年5月に長年コンビを組んだナレーターのつかせのりこさんが43歳の若さで急逝したことも、高見さんの中で「一区切りをつける」大きな契機となっていました。
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のっぽ さん と ゴン 太 くん