「また逢う日まで」の誕生秘話とは?阿久悠×尾崎紀世彦の黄金タッグと令和サンプリングの真相を検証
「また逢う日まで」のメロディは、最初から華やかな栄光に包まれていたわけではありません。原曲は1970年2月にリリースされたズー・ニー・ヴーの「ひとりの悲しみ」でした。作曲・編曲を手掛けたのは天才・筒美京平、作詞は阪田寛夫。しかし、この楽曲は商業的な大ヒットには至らず、埋もれかけたマスターテープとなっていました。
この眠れる原石に再び光を当てたのが、フィリップス・レコードの敏腕プロデューサー・本城和治です。ザ・スパイダースなどを手掛けてきた本城は、メロディが持つ並外れた躍動感とポテンシャルを確信していました。そこで白羽の矢を立てたのが、当時まだ新進気鋭の作詞家だった阿久悠です。本城の依頼を受けた阿久悠は、原曲の叙情的な哀愁を完全に払拭し、男女の別れをポジティブかつドラマチックに捉え直す大胆なリライトを決断しました。
阿久悠が提示した歌詞は、当時の歌謡界に漂っていた湿っぽさを鮮やかに吹き飛ばしました。「ふたりでドアをしめて」「ふたりで名前を消して」という潔い決別の描写。後ろを振り返るのではなく、互いの自立を認め合って背中を向ける。このドライで都会的な詞世界が、筒美京平によるブラスロック調の分厚いオーケストレーションと完璧に合致した瞬間でした。
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また 逢う 日 まで