小田急のリノベ宿「箱根ゆとわ」誕生秘話と強羅エリア激変の全貌を徹底追跡
高度経済成長期から1980年代後半にかけて、強羅エリアには名だたる上場企業や金融機関の保養所が密集しました。税制上の優遇措置や社員の福利厚生を目的に建てられたこれらの施設は、頑丈な鉄筋コンクリート造と豊かな自家源泉を備えていたものの、景気後退とともに企業の財務を圧迫する重荷へと変貌しました。年間の稼働率は週末や特定シーズンに偏り、老朽化に伴う維持管理費ばかりが膨らむ「負動産」として手放される物件が後を絶ちませんでした。
ここに目をつけたのが、箱根登山鉄道を傘下に収め、箱根の交通インフラを一手に担う小田急グループでした。更地にゼロからホテルを建設する場合、強羅の急峻な地形や国立公園法・景観条例の厳しい規制により、許認可取得と建設だけで膨大な工期と数十億円規模のコストが発生します。対して既存の保養所は、すでに一等地の土地と温泉引湯権を確保しており、躯体の堅牢性も折り紙付きでした。小田急は建替えではなく保養所リノベーションを選択することで、投資リスクを最小限に抑えつつ、急激に変化するミレニアル世代やインバウンドの需要に迅速に応じる足がかりを築いたのです。
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