丸ノ内線路線図の変遷史!池袋開業から方南町直通までの歴史を徹底追跡
東京メトロ丸ノ内線の原型は、大正時代から昭和初期にかけて策定された都市高速鉄道計画(旧4号線)に遡ります。当初の計画線では、新宿から四ツ谷、赤坂見附、銀座、東京、御茶ノ水を経由し、本郷通りを北上して山手線の大塚駅へ接続する案が有力でした。戦前の計画者たちは、当時の交通の要所であった大塚に重きを置いていたのです。
この方針を大きく変えたのが、第二次世界大戦後の急激な都市構造の変化でした。東武東上線や西武池袋線(旧武蔵野鉄道)のターミナルとして急速に乗降客を増やしていた池袋は、副都心としての発展ポテンシャルが急速に高まっていました。復興期の限られた予算と物資の中で、帝都高速度交通営団(営団地下鉄、現・東京メトロ)は投資効果を最大化するため、大塚経由から池袋駅終点へのルート変更を断行します。
昭和29年(1954年)1月20日、第1期区間として御茶ノ水〜池袋間(6.4km)が華々しく開業。池袋から山手線内側を南下し、都心部へ最短で直結するルートが誕生しました。この決断が、池袋を新宿・渋谷と並ぶ三大副都心へと押し上げる決定打となったのです。
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丸の内 線 路線 図