山本Kidの発病から逝去までの時系列|公表から急逝までの全貌を徹底解説
なぜインスタグラムでの公表からわずか3週間あまりでの急逝となったのか。当時の『東スポWEB』や『夕刊フジ(zakzak)』などの取材記事を検証すると、公表時点ですでに本当の病状は限界に近い状態だったことがわかります。
小学生並みに落ちていた握力と極度の衰弱
全盛期には身長163cmの小柄な体格ながら、階級上の大男たちを剛腕フックで次々となぎ倒した山本さん。しかし、2018年夏頃にはがんの進行と栄養吸収の低下により、かつての隆々とした筋肉は見る影もなく痩せ細っていました。
当時の格闘技関係者の証言によると、亡くなる数ヶ月前の時点で自力での歩行が困難となり車椅子での生活を余儀なくされていたほか、病状に伴う握力低下が著しく、「握力が小学生並み(10〜15kg程度)にまで落ちていた」と報じられています。ペットボトルのキャップを開けることすら苦労するほどの衰弱ぶりでありながら、彼はSNSに自身の弱った姿を決して載せませんでした。そこには「神の子・山本KID徳郁」としての強烈なプライドがありました。
突然の訃報に揺れた格闘技界の反応
2004年の大晦日に行われた魔裟斗さんとの世紀の一戦や、K-1 HERO'Sミドル級世界最強決定トーナメント制覇、開始4秒での飛び膝蹴りKOなど、数々の伝説を残した山本さん。その突然の訃報に、格闘技界は大きな衝撃を受けました。
- 魔裟斗さん:「突然の訃報に言葉がありません。もう一度リングで顔を合わせたかった」と最大のライバルの死を悼みました。
- 宇野薫さん・須藤元気さん:ともにK-1やHERO'Sの舞台でしのぎを削った戦友たちも、彼の早すぎる死に追悼のコメントを寄せました。
- 堀口恭司選手:KRAZY BEEの愛弟子であり、師匠の背中を追って世界の頂点に立った堀口選手は、「KIDさんがいなかったら今の自分はいない」と深い感謝と決意を語っています。
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