黒柳徹子の若い頃にまつわる疑問を総まとめ!トレードマーク誕生と恋の噂の真相を本音検証
黒柳徹子さんといえば誰もが思い浮かべる「玉ねぎヘア」ですが、デビュー初期からあの髪型だったわけではありません。20代から30代前半にかけては、自身の美しい富士額を活かしたアップスタイルや、フェミニンなロングヘアなど、多彩なヘアアレンジを披露していました。
転機となったのは、多忙を極めていた1971年、30代半ばにしてすべてのレギュラー番組を降板して敢行したニューヨーク留学でした。演劇学校「アクターズ・スタジオ」の授業を聴講し、本場のブロードウェイミュージカルや最先端カルチャーに身を浸す中で、世界的なヘアスタイリスト・須賀勇介氏と巡り合います。
「世界中どこへ行っても、誰が見ても私だとわかるスタイル」「洋服だけでなく着物を着たときにも首筋が美しく見え、頭の形が整って見えるフォルム」を追求した結果、完成したのがあのアイコニックなアップスタイルでした。帰国後、1976年にスタートした『徹子の部屋』とともにこのヘアスタイルは日本中に定着し、半世紀以上にわたって愛されるシンボルとなったのです。
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