山本亭の歴史と創業者の正体!元銀行員が遺した名建築の真相を徹底解剖
山本亭の主である山本栄之助氏は、異色の経歴を持つ経営者でした。当初は堅実な銀行員としてキャリアを積んでいましたが、近代産業の黎明期において精密機械の将来性に着目。自らペンタックスなどのカメラ部品を製造する「合資会社山本工場」を設立し、日本の光学・カメラ産業を黎明期から支えるトップメーカーへと育て上げました。
もともと浅草周辺に居を構えていた山本氏が柴又への移転を決断した決定打は、1923年9月の関東大震災でした。壊滅的な被害を受けた都心部を離れ、地盤が堅牢で水害対策が進んでいた江戸川沿いの柴又を新たな生活と事業再興の拠点として選定。既存の建物を買い取った後、1926年(大正15年)から1930年(昭和5年)にかけて大規模な移築・増改築を断行しました。
単なる避難先としての普請ではありません。技術革新の最前線にいた山本氏の合理精神と、洗練された数寄の美意識が細部まで注ぎ込まれました。
Tags:
葛飾 区 山本 亭