激変する那覇の夜事情!泡盛カルチャー台頭と歓楽街辻の変遷を徹底追跡
那覇市辻の歴史を語る上で、琉球王国時代に設置された公認の遊廓街「辻・仲島・渡地」の存在を避けて通ることはできません。なかでも辻は、単なる売買春の場ではなく、薩摩藩の役人や中国からの冊封使をもてなす高度な芸能と礼儀作法を備えた女性たち――「ジュリ」が暮らす自治共同体としての性格を強く帯びていました。彼女たちは歌三線や琉球舞踊の担い手であり、辻言葉と呼ばれる洗練された方言を操る文化の擁護者でもありました。
近代に入り沖縄戦によって街は壊滅的な打撃を受けましたが、米軍統治下において辻は再び「歓楽街」としての息を吹き返します。基地の米兵や地元住民、本土からのビジネス客を相手にする飲食店や旅館が密集し、1972年の本土復帰に伴う風営法の適用を経て、合法的な「店舗型風俗(辻特殊浴場)」が営業を継続できる全国でも極めて珍しい指定区域となりました。現在の辻地区に立ち並ぶソープランド各店は、琉球王府時代から続く女性たちの自治空間という特異な出自の上に、戦後日本の法制度が重ね合わされた複雑な歴史の産物なのです。
Tags:
沖繩 泡 泡 浴